稀勢の里の横綱昇進に対するモヤモヤ


奉納土俵入りも終わったことだし、好角家の端くれとして一応書いておく。相撲鑑賞歴は千代の富士の現役末期くらいからなので、そこそこ長いはず。

稀勢の里が横綱に昇進したのはめでたいことではある。長らく横綱の筆頭候補と言われ続け、特に他の大関陣が優勝を経験する中で年間最多勝を獲得し「無冠の帝王」という感が漂っていたこの年末年始は歯がゆいものさえあった。そんな中の初場所で初優勝を果たし、意外とあっさり横綱にという声が上がってきたのは嬉しさ半分モヤモヤ半分と言ったところ。老害感のある杉山邦博氏が手放しで褒めたのは予想通りだけど、デーモン閣下まで同様の反応だったのは意外だったかなぁ。Twitterなんかを見ると賛否は分かれてる印象。
形式的には昇進基準を満たしているので審判部が昇進を良しとするのはまだいいけど、横綱審議委員会が報道を見る限り特に異論なく全会一致でOKを出したというのもまた違和感を感じざるを得ないわけです。というよりも、横審の形骸化を印象づけたという方が正しいかな。せめて一人ぐらい異論を唱えるとか、議論が紛糾するとかがあればまた印象は違うはずですが。審判部も過去に横審への諮問がなくて議論になったこともあるので、どっちもどっちというのもあるかな。

モヤッとする最大の要因は稀勢の里の先場所が星2つ差の優勝次点で今場所が初優勝だったという数字面がとっかかりではあります。一方で双羽黒以降の「2場所連続優勝の厳格適用」が厳しすぎるという意見もあるし、最近では鶴竜やさらに前では大乃国のような甘いと言われる昇進もあるので難しいのは事実。また白鵬戦は圧倒的にねじ伏せたように見えたけど、他の2横綱との対戦がなくて豪栄道戦も不戦勝というのはちょっと印象が弱い側面もある。なので星勘定の評価としては「上げて良かったしもう1場所見るというのもまたアリ」というのが個人的印象でした。
この辺りの話は今に始まった議論ではないし、Wikipediaにも詳しいのでその辺を参照。

で、このモヤッと感を加速させるのが14日目に優勝が決まってから千秋楽昼までの一連の流れ。14日目を終わった段階で横審の委員長が「稀勢の里の横綱昇進」に言及して、千秋楽の三賞が決まる時に二所ノ関審判部長が横綱昇進を問う理事会招集を宣言したということ。思うだけならいいけど、どちらもそれをその段階でいうのは勇み足だし言うべきではなかった。
結果だけ見れば千秋楽に稀勢の里は白鵬に勝って初優勝と横綱昇進に華を添えたけど、もし負けてたらもっとモヤモヤしたに違いない。早々に宣言することによって何かメリットがあったとは思えないし、むしろ白鵬にも失礼だし、ファンのモヤモヤも加速するしでマイナスの影響しかなかった。八角理事長は14日目終了の段階で「明日の相撲が終わってからでしょう」とニュートラルに構えていたのとは対照的すぎる。

結局のところ、審判部と横審が勇み足に至ったのは「日本人横綱が欲しい」という思いに他ならないわけです。同時に「千秋楽に稀勢の里が負けたらムードが盛り下がる」「今場所を逃したら次はいつになる」という焦りすら見え隠れします。白鵬たちモンゴル人横綱にも、稀勢の里に対しても無礼な話です。まあ今場所後に退任した横審の守屋委員長は場所中に日馬富士の引退に言及してみたり、そもそもこの人の品格がどんなんよという思いはありましたが。

いっそ、横審改革まで行かねぇかな

横審に対する批判は今に始まったことじゃないのもまた事実。かつての内舘牧子と朝青龍の遺恨はまだ大義があったようにも思いますが、日馬富士の変化をディスってみたりなんてのもあったし、一方で鶴竜に対しての評価が甘すぎるってのも問題として挙げられます。もちろん委員の顔ぶれが入れ替わってるので横審としての評価に連続性がないのは致し方ないけど、今回の一連の流れはちょっとどうよと思わざるをえない。どう見ても稀勢の里に対する贔屓目があったと思えてしまう。
そもそも横審の成立経緯から考えれば、協会の横綱推挙の意見に対して客観的な評価を与えるのが本来の仕事のはずなのに、無自覚と思えるほどの追認しかしないのは職務放棄だし、関係ないところで発言をして引っ掻き回すの越権行為だろと。野球賭博問題の時とかにまったく存在感がなかったというのは同情できるけど、だからって好き勝手言っていいもんでもない。
いっそ横綱審議委員会は解体して、もっと協会全般を諮問する組織に改組してもいいんじゃないかと思うんですけどね。権限とかもちゃんと与えて。ただ公益財団法人化した辺りからだいぶマシですが、一般企業の感覚から言ってもまだガバナンスがゆるゆるなところはあるように感じるので、さてどうよという感じではあります。今回の昇進に対する判断だって、真っ当なガバナンスが効いていれば今までルールをできるだけ厳格に適用するのか、新しい基準を持ち出してまで認めるのかで大激論になって良いはずと感じるんだよね。
あるいは「大関で2場所連続優勝またはそれに準ずる成績」という内規をやめて、いっそ厳格なルールを定めるか、逆に多角的・総合的に判断することにしてしまえばいいじゃんとも思えたりします。そしてせめて横審が横綱にふさわしいと判断した理由をもっと客観的に表明すればいいんじゃないですかね。
そういった考えや基準が固定化しているのかそうじゃないのかを曖昧なままよきに計らっているいるように見えるのが、今回の異論を産んでいるということに気づいていただきたいものです。あとは小錦以降によく言われる日本人と外国人に対するダブルスタンダードの問題も併せて認識していただきたい。

じゃあ稀勢の里はどうすりゃいいのさ

もうひとつ、個人的なモヤモヤの一因にすでに稀勢の里は名大関と呼ぶにふさわしいと思うってのもあるのよね。その無冠の帝王ぶりも含めて、贔屓の人には申し訳ないけど「強いけど何故か優勝できない」というメンタルの弱さと悲哀も込みで好きという部分があった。去年の5月場所での白鵬に負けた一番なんかはその真骨頂だと思うし、今場所も琴奨菊に破れた直後に弟弟子の高安が白鵬に勝って「今場所もこの援護射撃を生かせないのか」と感じたのもそんなところ。
でも今回その壁を超えてしまったし、特に今場所の立ち振舞を見ると今まで言われたメンタル面も突破する何かがあったように感じられるので、ぜひ強い横綱になっていただきたい。
こういう雑音が稀勢の里のメンタルに悪い影響を与えるのはわかってるけど、続く春場所で連続優勝を決めていただければ文句を挟む余地はなくなります。「結果、審判部と横審は勇み足だったかもしれんけど、結果オーライだったね」という雰囲気にして欲しいな。それは決して簡単なことではないけど、それがファンも期待する横綱ってもんだし、「横綱らしいメンタルを獲得した稀勢の里」を期待しちゃうのさ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*